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第34回 国民文化祭・にいがた2019、第19回 全国障害者芸術・文化祭にいがた大会

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PRサポーターズ&インタビュー・コラム

文化の眠りを覚まし、消えないものを残したい
~新潟の文化を伝える本ができるまで~

2019年6月20日

PRサポーター BSN新潟放送 会長 竹石松次さん

壁面には梅の絵画、窓辺にはイルカの工芸品、そして窓の外には信濃川。そんなBSNの社屋にお伺いし、元アナウンサーでもある竹石会長に、本のご執筆や文化イベント開催のエピソードなどをお話いただきました。

竹石会長
(絵画:大矢紀氏「天神馥郁」)

 最初はアナウンサーとして、BSNに入社されたのですね。
どういうきっかけでアナウンサーになろうと思われたのですか?

竹石 小学校5年生の時ですよ!新潟駅近くの万代小学校(現万代長嶺)にNHKのアナウンサーが講演に来ました。その講演を聴いて、アナウンサーになろうと決めたのです。

 子どもの頃から思っていたとおりのお仕事に就かれたのですね。

竹石 ところが挫折をしたりで紆余曲折の経過があったのですよ。その後、大学を卒業し、BSNに入社したのです。

 入社後、お祭りの調査をされたということですが、なぜお祭りだったのですか。

竹石 入社後、仕事をする上で新潟のことをよく知らないといけないと思い、県内の地名を正確に話せるようになるために、自分の足を使って現地を確認しようと思いました。
ただ現地に行くだけではなく何かしたい、その地域、地域で特徴があり、私が興味のあるものは何かと考え、それは「お祭りだ!」と思い至ったのです。お祭りは地域の実情を正確に反映しています。
仕事以外のオフの時間に、先輩アナウンサーと2人で村上から糸魚川、佐渡と歩いて回りました。

 まだ、新潟県内に112市町村あった頃ですね。

竹石 大変でしたが、112市町村それぞれに特徴がありました。
当時はまだマイカーがなく、バスや電車を乗り継いで回りました。時にはヒッチハイクもしました。

竹石会長 アナウンサーがヒッチハイクしたら、びっくりされませんでしたか?

竹石 まだ、新人でしたから大丈夫でしたよ(笑)。
実は新潟の祭りの本を作ろうという目的もあったのです。ただ祭りに参加するだけでなく、目的がないと続きませんからね。
主に、先輩アナウンサーがスチール写真を撮り、私が原稿を書きました。
お祭りにつきもののお料理も地域ごとに違いますし、材料だけでなく、盛るお皿やお椀にもそれぞれ特徴があります。
100くらいのお祭りの事を書きましたが、出版の機会はありませんでした。そんなに簡単に本にはできなかったのです。

 既に絶えてしまったり、形を変えてしまったお祭りやハレの日のお料理もあるのでしょうから、今となっては当時のお祭りの写真や原稿は貴重な資料ですね。いつか皆様に見ていただけるといいですね。

竹石 50年前の資料ですが、今でも段ボール箱にいれて保存してありますので、これから公開する方法を検討してみます(笑)。

 その後、佐渡の朱鷺の一斉捕獲や繁殖した朱鷺の一斉放鳥などを取材されたのですね。

竹石 報道に移ったのがちょうど佐渡の朱鷺の一斉捕獲の時で、朱鷺についての取材が多かったのです。中国から招聘した朱鷺の繁殖に成功し一斉放鳥の際には、秋篠宮様ご夫妻においでいただきました。そして、不思議なことに、放鳥の翌年に日本民間放送連盟の代表としてたまたま皇居での歌会始に陪席していたところ、秋篠宮様の歌が「大空に放たれし朱鷺、新たなる生活求(と)めて野へと飛びゆく」と詠まれました。
それから、新潟を代表する文人、歌人でもある会津八一さんが召人として参列した歌会始で歌を披露したということも知りました。

 文化イベントの開催にも数多く携われていらっしゃいますね。

竹石 新潟県工芸作家チャリティ展覧会を新潟市のデパートで開催した際には、伊藤赤水さん、玉川宣夫さん、宮田亮平さんなどにご協力いただきました。その際には、TV番組も作成し、皆様に見ていただきました。
その後、不思議な縁で、京都の相国寺、金閣、銀閣秘宝展では、国宝や重要文化財をお借りすることができ、BSNが主幹事になって新潟をはじめ4県で秘宝展を開催しました。新潟県内だけでなく、近隣の県からもたくさんのお客様が観覧に来ていただきました。

 「にいがた偉人伝」という番組にも携われていらっしゃいますね。

「誇りたかき新潟の52人」竹石 新潟ロータリークラブの会長になると毎週、会員の前でお話をしなければならないのです。いろいろ考えた末、支店長や支社長として県外の方も大勢いるので、新潟のすばらしい方々をお一人ずつ紹介していくことにしたのです。
1年半くらい前に会長になることが決まるので、会長になると同時に全部発表できるように準備をして、毎週話ができるように52人の方々についての原稿を書きました。その時の本が「誇りたかき新潟の52人」です。

 小学生の頃からアナウンサーになりたいと思ったということでしたが、ご執筆もお好きなのですか?

竹石 活字にも魅力を感じています。放送も好きなのですが、昔は放送は消えてゆくものでした。消えないものは、やはり活字なのです。

 お祭りを取材された時には本にはなりませんでしたが、今回は念願叶い本の形になったのですね。イタリア軒を開業したピエトロ・ミリオーレさんや、横浜DeNAベイスターズオーナーの南場智子さんなど様々な方々のお話が載っていますね。

竹石 この本を基にテレビ、ラジオで「にいがた偉人伝」という50回シリーズの番組にしたのです。
研究したり、仕事をしたことが残るということは大事なことですからね。

 最後に、文化とはどういうものだと考えていらっしゃいますか?

新潟県指定文化財
胎内市分谷地A遺跡出土
漆塗り木製容器

竹石 文化とは自分たちが育ってきた様々な継承遺産です。工芸でも絵画でも料理でも、世界に発信する一つのツールとして、どこでも自由に誕生し人類の発展とともに受け継がれてきました。従って、文化は世界共通の遺産です。地域文化を育てていくのは現代の我々の役割です。我々がやらなければ、文化は発展しませんから。
まだまだ眠っているツールがたくさんあります。ですから、眼を覚ましてやらなければならないと思っています。
実は6月上旬に胎内市美術館で大変貴重な文化財と遭遇しました。今から4千年前、縄文時代後期の赤と黒の漆塗りの水差しのような木製品の実物を初めて見たのです。こんなにすごいものが新潟にあったのか、と驚きました。木を薄くくり抜き漆が塗られていて、保存状態もよくきれいに朱も残っていて、日本文化を象徴するような漆の工芸作品でした。
火焔型土器に匹敵するようなものですから、これから脚光を浴びるのではないかと思います。
こういったものを眠らせておかないで、地域おこしに繋げていくことが大事だと思います。もう一度、ふるさとにある宝物を見直してほしいですね。
国民文化祭はふるさとの宝を世界に紹介する絶好の機会です。

 新潟にもまだまだ眠っているものがありそうですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。


(令和元年6月10日インタビュー) 
※役職等はインタビュー時現在です。

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PDF版デザイン協力:新潟県タオ国際交流員