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第34回 国民文化祭・にいがた2019、第19回 全国障害者芸術・文化祭にいがた大会

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PRサポーターズ&インタビュー・コラム

「飴」にこだわっていきたい~江戸時代より400年近く続く飴屋の十四代目の想い~

2019年1月29日

PRサポーター 十四代髙橋孫左衛門商店 代表取締役 髙橋孫左衛門さん

あの十返舎一九の「越後道中記・金の草鞋」でも紹介された、北国街道沿いの飴屋、髙橋孫左衛門商店の十四代目髙橋孫左衛門さん。城下町高田(上越市)の飴屋の歴史と飴作りのお話です。

髙橋孫左衛門商店

 創業から400年近くずっと飴作りを続けていらっしゃるのですね。

髙橋 高田城ができて10年後の寛永元年(1624年)、松平光長公と共に越前(福井)から高田に来て飴屋を始めました。初代は元々武士で、光長の父の忠直に仕えていました。

 様々な職業がある中、なぜ飴屋を始めることになったのですか?

髙橋 35年位前までわからなかったのですが、飴の歴史を研究している先生が尋ねてこられて、越前から来たという話をしましたら、「それなら納得できる」と言われました。越前は甘味料、薬として発達した麦芽で糖化させる飴作りが盛んで、地域毎に飴を作っていましたが、粟の飴は、全国でも越前の一地域でしか作っていなかったそうです。ですから、そのノウハウを持って高田に来たとしか考えられないと言うことでした。十返舎一九も「粟というから珍しい」と書いていますし、米はお金と同じ貴重なものでしたので、多くは芋、麦、稗などで作っていたと思います。
その後、1790年、餅米を使うことで、透明な水飴ができるようになりました。でも、粟を餅米に変えたという事を隠すために、名前を変えずに粟飴のまま、今日まで続いています。なぜ、当時は貴重な餅米を飴に使えたのかは疑問です。もしかしたら、藩の施策としてではないかとも考えられます。
しかも、この辺りでは飴に使うもち米はそれほど
採れないので、北前船で運んで来たのではないかとも思います。高田では、明治の後期頃に飴組合ができるほど、飴が発達しました。

手前:翁飴

 翁飴(おきなあめ)はどのようにしてできたのですか?

髙橋 三代目が大坂に修行に行った時期は、ちょうど寒天が作り始められた頃でした。その寒天を持ち帰り、享保8年(1723年)に飴を寒天で固めた「翁羹(おきなかん)」を作りました。上品な甘みと言うことで、優雅で上品な能面の「翁」からつけたと伝え聞いています。それまで水飴だったものが、持ち運びできるようになりました。1790年に餅米の飴に改良して、藩主に献上して「翁飴」という名前をいただきました。
かつては、江戸日本橋にもお店があり、中野にも工場があり、飴文化が全国に広まったらしいです。昔の地図の復元をされている方によると、文献に高橋という飴屋が出てくるそうです。

御用看板

 昔からのお話は、口伝えで伝わってきているのですか?

髙橋 そうです。店内や2階で天皇陛下に献上した際の礼状や昔の伝票の版木なども展示していますので、事前にご連絡があれば、見ていただきながら説明をさせていただいております。

 十四代目は飴作りをどのように考えていらっしゃいますか?

店内に展示されている粟飴

髙橋 お菓子屋さんと違い、飴屋は季節感がないのが悩みの種でした。でも、「飴」にはこだわっていきたいと思っています。そこで、お正月には干支の翁飴、春には桜の粉末入りの翁飴を使った商品などを作るようになりました。他にも、道の駅あらいができた時に、かんずりと、以前から考えていた黒ゴマ、ビターチョコレートを翁飴に入れた「金の草鞋」も新たに作りました。

 粟飴を復元されたということですが、きっかけは何ですか?

粟の古代飴

髙橋 ずっと餅米の飴しか作っていなかったのですが、ある催事で、お客さんから「(原料は)粟ですか?」と聞かれたのです。お子さんがアトピーで、米ではなく粟の甘みを探しているとのことでした。そして、薬品関係のお客さんからも粟がいいと聞きました。それがきっかけで、断片的に書いてあったものを元に、試行錯誤して、35年ほど前に粟で作る飴を復元しました。粟は糖化しにくく、年1回しか収穫できないので、復元に4年程かかりました。もち米の飴が「粟飴」なので、「粟の古代飴」という名前にしました。粟の飴はもち米の飴よりコクがあり、粟のほうが好きだと言うお客さんがいらっしゃいます。粟は生産も少なくなり、ここ数年不作で、たくさんは作れないので、すぐに品切れになってしまいます。

 昔からの味と、新しい味があり、どちらも魅力的で、選ぶのに迷ってしまいます。今日はすでに品切れでしたが、粟の飴もいつか味わってみたいですね。


(平成30年11月15日インタビュー)
 ※名称等はインタビュー時現在です。

■関連リンク
髙橋孫左衛門商店
高橋孫左衛門商店(Facebook)
南本町3丁目ガイド

印刷用コラム:「飴」にこだわっていきたい~江戸時代より400年近く続く飴屋の十四代目の想い~(PDF形式629KB)
PDF版デザイン協力:新潟県タオ国際交流員