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第34回 国民文化祭・にいがた2019、第19回 全国障害者芸術・文化祭にいがた大会

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PRサポーターズ&インタビュー・コラム

お米の産地はフォッサマグナがつくった 大地編1

2019年1月18日

PRサポーター フォッサマグナミュージアム 館長補佐・学芸係長 竹之内耕さん

実りの新潟平野

新潟は米どころ、おいしいお米の産地です。広大な新潟平野の水田や山間地に広がる棚田は、新潟を代表する景観です。お米の産地は、フォッサマグナがつくったと聞くと驚かれるかもしれません。「昔、学校で習ったような・・」と思われる方も多いでしょう。フォッサマグナは、ラテン語で「大きな溝」を意味し、日本列島の中央部を横断する、大きな地質の溝のことです。大昔、アジア大陸の一部だった日本列島が、今の位置に移動した時に折れてできた裂け目と考えられています。裂けた時には、新潟県の大部分は海の底になり、陸地だったのは今の飛騨山脈や越後山脈のあたりでした。平野や丘陵地をつくる地層からは、海にすむ魚や貝、クジラなどの化石が見つかっていて、かつては海底だったことが証明されています。

どうして、フォッサマグナがお米の産地と関係があるのでしょうか。広大な新潟平野、ここは、フォッサマグナの海が最後まで残った場所にあたります。最後の海を埋め立てたのは信濃川や阿賀野川です。当時は、砂州ができて(現在の新潟砂丘)、その内側は入り江になっていました。入り江が、二つの大河が運んだ土砂によって埋め立てられていきました。埋め立てほやほやな新潟平野なのです。「鳥屋野潟」や「佐潟」、「福島潟」など潟が多いのは、このような大地の歴史を反映しています。戦前は、「葦沼」と呼ばれるほど新潟平野は湿地帯であり、小舟をだして稲の穂を刈り取らなければならないほどでした。戦後、人々の努力によって乾田化し、日本一の米どころとなりました。

長岡市の棚田

棚田とはどんな関係があるのでしょうか。棚田は、地すべり地帯にあたります。フォッサマグナの海底にたまった、まだよく固まっていない地層が隆起し、山地に成長していきます。やわらかい地層は地すべりを起こし、なだらかな斜面ができます。このように、地すべりは、山間地に棚田に適した緩傾斜地をつくります。地すべり地には豊富な地下水が流れているお蔭で、水持ちの良い田んぼができます。数百年に一度、地すべりが動き、田んぼを破壊しますが、自動的に耕されて、地すべりの後、田んぼを復旧させると米の収量が上がると言われています。少しでも収穫を上げようと、地すべり地に入って開墾した先人たちの苦労がしのばれます。
みごとな新潟の水田や棚田を見たら、大昔のフォッサマグナを想像してみてください。悠久の時をへて、米どころ、新潟の大地ができていきました。

フォッサマグナの解説図


フォッサマグナミュージアム/
新潟県糸魚川市大字一ノ宮1313(美山公園内)
開館時間 9時~16時30分
休館日 12月~2月の月曜日・祝日の翌日・年末年始
入館料 一般(大人) 500円  高校生以下 無料
詳しくはお問い合わせください。(電話 025-553-1880)

※開館日等は執筆時現在です。

■関連リンク
フォッサマグナミュージアム

印刷用コラム:お米の産地はフォッサマグナがつくった 大地編1(PDF形式903KB)
PDF版デザイン協力:新潟県タオ国際交流員