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第34回 国民文化祭・にいがた2019、第19回 全国障害者芸術・文化祭にいがた大会

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PRサポーターズ&インタビュー・コラム

覚えることが、嬉しい。発見があって、楽しい。~料亭の料理長として、料理教室の講師として~

2018年12月21日

PRサポーター 新潟日報カルチャースクール講師/料亭鍋茶屋 元総料理長 登坂但さん

料理とはまったく違う世界から新潟の老舗料亭の料理長に。そして、現在、講師をしている料理教室はすぐに満席に。新潟の港周辺でお生まれになった登坂但さんのお話です。

登坂但さん

 小さい頃から料理に興味はあったのですか?

登坂 男3人兄弟の三男坊なので、よく母親の手伝いはしていました。
でも、家業が板金業でしたので、学校も工業高校へ行き、横浜の鉄道車両を製造する会社に勤めました。元々は作ることが好きでしたが、車両はあまりにも大きくて、自分は歯車でしかないように感じたのです。横浜に1年いて、求めていたものとあまりにも違う、自分で作れる料理のほうへ行きたい、と初めて思いました。
それで、新潟に戻って、鍋茶屋さんで修行しました。当時、鍋茶屋さんには、毎年3~5人が入ってきて、4年間の修行していました。ほとんどが料理屋さんの息子さんで、私のように家業が料理と関係ない人は少数でしたが、ものづくりが好きだったので、厳しい修行でも、我慢できました。毎日が新しくて、覚えることがたくさんあり、嬉しかったですね。

 鍋茶屋さんの修行を終えた後は、どうされたのですか?

鍋茶屋時代から使う包丁を手に

登坂 4年間鍋茶屋さんで修行した後、東京や大阪などで修行をしました。大阪の店では、昔ながらの和食だけではなく、牛肉も出していたので、とても勉強になりました。その後、新潟に戻って他の店で働いていたところ、29歳の時に鍋茶屋さんから声がかかり、また鍋茶屋さんに戻ることになったのです。
鍋茶屋さんに戻った頃は、家に帰ってからも、毎日、料理の本を読んだりして勉強をしていました。和食だけでなく、洋食でも何でも、いろいろな知識を習得しました。あれほど、料理の勉強した時はありませんね。
38歳で料理長になり、その後64歳までずっと鍋茶屋さんにいました。料理長になった時はまだ若く、元新潟交通社長の中野進さんなどがおいでになるので、かなりのプレシャーを感じました。でも、今まで習ったことを出そうと思って、料理を作りました。料理長になりたてのある日、会食においでになった中野進さんの奥様に、冷たいオクラのとろろ汁をお出ししました。その後、奥様から今まで食べたことのないものだったので、作り方を教えてほしいとお電話がありました。お客様からお電話をいただくことなどなかったので、とても嬉しかったですね。
最初は宴会料理が多かったのですが、バブル景気が弾けると、最後までゆっくり料理を楽しむ人が増え、結婚式もやるようになりました。結婚式では、若い人向けに肉料理や洋風のものも取り入れ、コースで一品一品、料理を出すシステムも作りました。それは、いろいろな店での修行と、29歳から38歳までの勉強期間があったからできたことだと思っています。今の料理教室で教えられるのも、その時の勉強のおかげです。

 料理教室はいつから始められたのですか?

カルチャースクールのスタッフ渡辺さんと

登坂 鍋茶屋さんを退職してから、すぐに料理教室で教えはじめました。
うなぎ屋さんやてんぷら屋さんと違って、料理屋さんというのは春夏秋冬何でも作らなければなりません。だから、料理教室もできるのです。
料理教室を始めてから、パソコンを習って、レシピも自分で入力して作っています。仕入れも全部自分でやっていますが、鍋茶屋さんにいた時と同じことをやっているので、苦にはなりません。ちょっと普通の料理教室とは違いますね。
1ヶ月くらい前から、旬の素材を使った献立を考え始めます。鍋茶屋さんでは、煮物も時間をかけて味を含めて、何工程も手間をかけて作っていましたが、料理教室では、短時間でできる調理法を考えています。私も、家庭料理を勉強中なのです。勉強していると新しい発見があり、面白いし、楽しいし、「生きているな」という感じがしますね!
料理教室では、料理屋さんの料理と家庭料理をあわせたようなレシピを教えています。家庭でできる料理なので、生徒さんも面白いようです。料理教室を始めてから5年になりますが、生徒さんが辞めないんですよ。半分くらいは、5年前からの生徒さんが続けてくれています。
材料は、その時の旬のもの、活きがいいものを仕入れて使います。せっかく作るのだから、おいしいものを作りたい、いいものを生徒さんに食べさせたいと思っています。「おいしい、おいしい」と生徒さんに言ってもらえると、私もやりがいがあり、嬉しくなります。

 登坂さんにピッタリのお仕事だったのですね。料理教室がすぐに満席になる理由がわかりました。今日はありがとうございました。


(平成30年11月13日インタビュー)
 ※名称等はインタビュー時現在です。

■関連リンク
新潟日報カルチャースクール
新潟「鍋茶屋」

印刷用コラム:覚えることが、嬉しい。発見があって、楽しい。~料亭の料理長として、料理教室の講師として~(PDF形式678KB)
PDF版デザイン協力:新潟県タオ国際交流員