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第34回 国民文化祭・にいがた2019、第19回 全国障害者芸術・文化祭にいがた大会

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PRサポーターズ&インタビュー・コラム

“世界の小澤”~忘れられない想い出~

2018年10月17日

PRサポーター 渡邉正己さん

今から40年近く前、1983年秋、新潟市で小澤征爾指揮・新日本フィルの公演が行われました。私は当時、新潟県民会館でその公演の実現に関わらせて頂いた一人です。その時のことは私にとって今も「忘れられない大切な想い出」です。

当時のプログラム内容

新潟公演の実現は大変困難でした。当時、小澤さんはボストン交響楽団の常任指揮者、更にベルリンフィルなど世界有数楽団でも指揮を、日本での公演は東京、大阪など年数回しか行われておらず、新潟での公演は極めて難しい状況でした。

それでもお願いを重ねるうち幸運が。小澤さんは時折「恩師」のゆかりの場所、長野県松本で演奏の指揮をとられていたことでした。新潟と松本が近かったことで新潟公演が実現できました。その連絡を受けた時は何とも言えず、ただただ嬉しくて。

1983年9月13日、指揮/小澤征爾、ヴァイオリン/掘米ゆず子、演奏/新日本フィルハーモニー交響楽団による新潟公演が行われました。

小澤征爾さん~その温かさと優しさ~

楽屋入りした小澤さん、私に「家に電話したいので小銭に両替して欲しい」と言ってこられました。(当時はスマホも携帯も無い時代)「館長室の電話をどうぞお使い下さい」と申し上げたところ、「皆さんに迷惑を掛けたくない」と言われ、楽屋近くの公衆電話で小銭を入れながら楽しそうにご自宅に電話をされておられました。

また、演奏旅行が続いていた新日本フィルのメンバーの体調を気づかい、リハーサル前、お一人お一人に声を掛けておられました。「すごい人なのに、こんなに温かい人なんだ」今も心に残っています。

大成功から2年後、1985年夏、2回目の新潟公演を実現することが出来ました。お出迎えした私達に、「またお会いすることが出来ました」と小澤さん、声を掛けて下さいました。私は言葉に出来ない程、感動しました。

どれもとても小さな想い出です。でも、私にとって、その温かさ、優しさ、今でも忘れることが出来ません。

これからも多くの人に感動を

あれから40年近く時が過ぎました。このところ小澤さんは体調がすぐれないとの報道もあり心配でしたが、今年の夏、久しぶりのお姿をテレビで拝見しました。イスに座ってでしたが10分程元気にタクトを振っておられました。とても嬉しく拝見しました。

お身体にご留意の上、これからも多くの人に感動を与え続けて下さるよう願っています。


渡邉正己さん/新潟市西区在住。元新潟県民会館職員。
※地名等は執筆時現在です。

■関連リンク
新潟県民会館

印刷用コラム:“世界の小澤”~忘れられない想い出~(PDF形式452KB)
PDF版デザイン協力:新潟県タオ国際交流員