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PRサポーターズ&インタビュー・コラム

高校時代の夢は音楽、そして未来の夢も音楽~新潟の歴史ある新聞社社長の青春~

2018年9月10日

PRサポーター 新潟日報社 代表取締役社長 小田敏三さん

インタビュアー 新潟県文化振興課 課長 髙橋真知子

冬の新潟で燗酒の強烈なおいしさを知った。好きなウィスキーを買うためにタバコを止めた。酒をこよなく愛する小田社長が知られざる青春時代と音楽を語る。

小田敏三社長

髙橋 ビートルズ世代でいらっしゃいますよね。

小田 中学1年生の時に『プリーズ・プリーズ・ミー』が日本で発売されました。中学2年生の時が東京オリンピックですから、ちょうど日本が世界と交流する時で、曲に心を捉えられました。ところが、その当時の先生が「あれは不良の音楽だ。」と言うので、僕はそれに一番反発を覚えました。
「文化」っていうものは、何でも「文化」じゃないですか。人の営みは、すべて文化だと思っています。「音楽」は、理屈じゃない。感性だから、すっと胸をつかんでしまう。

髙橋 言葉が分からなくとも、音全体で受け入れてしまいますね。

小田 あの当時は、ビートルズのリズムが斬新だった!
高校へ入ってからは、朝7時から野球の朝練習をやって、金曜日は3、4時間目をサボって映画を観に行って、帰ってきてまた野球の練習をして、その一方でバンドを組んでいました。
高校1年生の時に、ビートルズが日本に来ましたから、世はビートルズ、ビートルズ!武道館のチケットは手に入ったのだけれど、どうしても行きたいという人に譲りました。でも、宿泊しているホテルの周りも何千人という人ですごい。たまに部屋から顔を出して手を振るんだよ。公演では、30分くらいしか歌わなかったけれど、その熱気を肌で感じて、もうみんな、ビートルズ!
僕は独学でドラムをやっていました。スティックを買ってきて、家の丸椅子をたたいていたら、椅子を壊すとお袋にものすごく怒られて、学校のドラムのセットを借りていました。
番組の予選に出て、結局落ちたのですが、その時の審査員の講評が「ドラムが走りすぎです。」と。その一言で、みんなお前が悪いと言われ、すごく嫌な思い出だったのです。それが、また何十年後に当時のメンバーと仲間になって、いい思い出になったのです。

左側:髙橋真知子課長

髙橋 すばらしいですね!バンドでは、やはりビートルズをやっていたのですか?

小田 そうです。周りもビートルズが多かったですね。タイガースもね。
京都の修学旅行では、10人一組で二条城など行く場所を決めて、学校が入場料としてお金をくれました。だから行かないとまずいのです。同級生に入場チケットを買わせて、自分たちは行かずにタイガースのバンドを観に行っていました。そういう世代です。
他のバンドとも交流があって、その中の歌い手が、デビュー前のいしだあゆみさんだった。おでんが大好きでね。僕の青春時代は、野球とグループサウンズ。

髙橋 文武両道ですね。

小田 遊んでばかりいたので、高校2年生で進路をどうするという時に、担任の先生から「お前の天職は、外交官か新聞記者だ。新聞記者になりたいのなら早稲田大学に行け。」と言われました。経済的に無理だということで、大学は行くつもりはなかったのですけれど、それが天の啓示のようでしたね。奨学金を組み合わせれば無料で行けるからと、その先生が受験勉強の個人指導をしてくれました。
野球が夏に終わり、バンド仲間にも「悪いけど来春まで付き合えない。」と音楽もやめました。「『たまに遊ぼう!』と言ったら、『僕は勉強するのだ!』とぶん殴られた。」と、当時のバンド仲間に今でも言われます。
髙橋 命を懸けて大学受験をした後は、音楽はやっていないのですか?

小田 早稲田大学では、毎週、新聞を作っていました。
音楽は好きだから今もつきあってはいますけれど、演奏することはないですね。演奏は「夢」ですね。「仕事をリタイヤしたら、何をやりたい?」と聞かれるのですが、とにかくドラムをもう一度やりたい。音楽との出会いと楽しさは、途中で途切れたままですからね。
女房も大学の時にやっていたバイオリンを再開して、仲間とコンサートをやると言っています。うらやましいですよね。だから、また習いに行こうかな、と思っています。

髙橋 ぜひ、演奏を聞かせていただきたいですね。楽しいお話、ありがとうございました。


小田敏三さん/東京都生まれ。早稲田大学卒業後、新潟日報社入社。平成26年より代表取締役社長。
(平成30年8月23日インタビュー)
※所属名、肩書き等はインタビュー時現在です。

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新潟日報モア

印刷用インタビュー:高校時代の夢は音楽、そして未来の夢も音楽~新潟の歴史ある新聞社社長の青春~(PDF形式 629KB)
PDF版デザイン協力:新潟県タオ国際交流員