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新潟港の歴史、知っていますか?

2018年7月12日

交通政策局 港湾整備課 管理係

新潟開港150周年ロゴマーク

新潟港は2019年1月1日で開港150周年です。皆さんは新潟についてどのくらいご存知でしょうか?新潟が実は「みなとまち」であることは意外となじみがないかもしれません。

開港150周年といっても、実はもっと前から新潟に港はありました。初めて文献に出てくるのは「蒲原津(かんばらのつ)」と呼ばれるもので、少なくとも千年前には新潟には港があったのです。

新潟港の写真

現在の新潟港(西港区)

その後、上杉氏の活躍した戦国時代には、蒲原津のほかに「沼垂湊(ぬったりみなと)」「新潟津(にいがたのつ)」を合わせた3つの港があり、流通や交通、軍事の拠点となっていました。
江戸時代の新潟は、北前船によって北海道や大阪を結び、越後各地から川舟によって集められた米などを運んでいました。新潟は海と川を行き交う船をつなぎ、多くの物資が流通する日本海有数の「みなとまち」だったのです。

そして安政の五カ国条約によって開港地に選ばれ、1869年(明治元年)に海外に向けて新潟は開かれたのです。現在の新潟港は、フェリー航路などで「人を運ぶ」西港区と、コンテナ船で、「物を運ぶ」東港区に分かれています。
では、新潟港にはどんな特徴があるのでしょうか。信濃川の河口に位置する新潟港は、その名のとおり、「河口港」と呼ばれます。新潟港には河口港ならではの悩みがあります。
今から300年ほど前の新潟は、阿賀野川の水が信濃川に流れ込んでおり、水量が豊富で、港としての好条件を備えていました。ところが、江戸時代に、阿賀野川に作られた放水路(川の水を海へ逃がす水路)が決壊したことによって、水が海へ流れ出るようになり、水量が減ってしまったのです。水量が減ると水深が浅くなったり、土砂が堆積したりして大きな船が座礁する原因となるため、港にとっては大きな問題です。
そこで、当時は船の通る水路を教える、つまり水先案内をする「水戸教」と呼ばれる人たちが活躍していました。水戸教は入港する船を安全に停泊地まで誘導したり、座礁する船があった場合には、海難救助も行いました。
現在の新潟港では国家資格を持つ「水先人」や、水深を確保するために底にたまった土砂を取り除く「しゅんせつ船」が港の安全を守っています。

新潟港はとても身近にあるからこそ、その魅力に気づきにくいものです。この機会に港に足を運んでみると新しい発見があるかもしれません。


関連リンク
新潟開港150周年記念事業 公式ウェブサイト

印刷用コラム:新潟港の歴史、知っていますか?(PDF形式・313KB)
PDF版デザイン協力:新潟県タオ国際交流員